裏庭

宝塚。舞台いろいろ。

雪組・ひかりふる路〜革命家、マクシミリアン・ロベスピエール〜①※ネタばれアリ。

 

初日から二日のあいだに観たいきおいで書く私的見解、感想文。

 

 

ギロチンの閃光の跡が焼きついているかのような幕にひかれた斜めの線。幕が開くと、そこに在るのは斜めに切りとられ、頭が欠けた背景。照明も斜めに差込む光のようにそれらを照らし、舞台に在るすべてがギロチンを連想させた。それは客席にむかってマクシミリアン・ロベスピエールの罪を見せつけるように、そして、やがてその舞台に在るすべての者が断頭台の露と失えゆくことを暗示しているかのように、この不幸は初めから此処にあったのだと、ロベスピエールの理想や願いを嘲笑っているようだった。お衣裳にもこの意匠は施されており、ギロチン推しがすごい。マクシムのイメージアイテムはギロチンなのか。たしかにロベスピエールと言われてぱっと思いうかんだキーアイテムはギロチンだけれども。

 

夏美タレーランと彩凪ロラン夫人がチェスをしながら国王裁判について話し合っている場面から物語ははじまる。はじめは一瞬、彩凪くんだとわからなかったくらいで、オペラで二度見した。容姿だけでなく体型も違う(男役の補正術は魔法・・・)声も空気もはじめて観る彩凪翔だらけで、遺伝子から再構築しているのではと云う化け術すごい。ついこのあいだまでナンバーワン・ジゴロやってましたよね貴方?!観柳とルイとロラン夫人が線でつながることに驚く。

ダントンは声が大きいだけ、デムーランは小心者と、夏美タレーランジャコバン党など取るに足らない烏合の衆だと笑いとばす。しかし、ロベスピエール、奴だけは危険だ、と顔を曇らせる。ジロンド派の女王・彩凪ロラン夫人もロベスピエールを警戒していた。が、そうかな?????ダントンが声が大きいだけでデムーランが小心者なら、ロベスピエールはただ可愛いだけなのでは?・・・まあ確かに危険ではある、あの愛くるしさはじゅうぶん警戒するに値する。あの、ふりまわされ系ながされる系のヒロイン体質はある意味もっともやっかいだ。そういう子のまわりには少女漫画のヒロインにすいよせられるようにあつまってくる四天王よろしく有能なナイトがあつまってくる。そしてアブナイのも集まってくる。故に、ロベスピエールタレーランが警戒するほどの何かが在るのだとしたら、それはロベスピエールひとりのものではないだろう。

ロベスピエールはいつも夢をみていた。そう、ただ夢をみていただけだ。その夢にひたすら情熱をかたむけて理想を語る、目を輝かせながら。彼が成したことはただそれだけだ。ロベスピエールは花だ。彼には花を咲かせて魅せる力があった。だけれど、花を咲かせるためには種を蒔き水をやらなくてはならない。穢れなき真白な心に蒔かれた種からこの上もなく美しい花を咲かせるのがロベスピエールの力ならばその種を蒔くのはダントンでありデムーランであった。故に、タレーランの彼等への侮りは大いなる間違いだ。だけれど、結果、ロベスピエールから彼等を奪ってゆくやり方は正解だったのだ。そこがタレーランの天賦の才なのだろう。

種が蒔かれなければ花は咲かない。水がなければ、花は、やがて枯れてゆく。

 

彼を糾弾する市民や革命家たちへその身の潔白を主張するかのようにまばゆくひかる純白の衣裳に身をつつんだルイ16世。しかし熱狂する市民や革命家たちの目は血の色に燃えて、その白が見えない。それにしても、いままでのルイ16世のイメージをぶった切るような叶くんのルイ16世なんですけど。あんなに隠し子が何人もいそうなルイ16世アリ?錠前つくってる、ていうかかたっぱしから錠前あけていってない?(隠喩)責めたてられながら堕とした不敵な視線が昭和ハンサムすぎた。「私は罪無くして死んでゆく、だが私は私に死をあたえる者たちを許そう、」て言ってほしい。

 

国王に裁判は必要か?と人民に問う朝美サンジュスト。憎むべき王政の頂点に君臨する王と云う存在が罪そのものなのだ、ゆえに王を処刑するということは人間を処刑する事ではなく、王政そのものを処刑することである、王は既にひとりの人間ではなく、憎むべき王政そのものなのだ、故に、人間でない者に裁判は必要か、否!

その美しい顔を市民にみせつけ激するサンジュスト。生きている人間ひとりを命ある「人間」ではないモノとすることに、誰も疑問を抱かない、もうすでに狂っている世界の中に舞台は在った。裁判が必要かどうかなどと云う議論が起こること自体が異常だと云うことに気づかない、それが革命前夜のフランスだった。絶対君主制の檻から解放される為に、革命は必要だった。いや、ほんとうに、必要だったのか?幾千もの人の命を奪う革命は本当に正義だったのか。人の命を奪っていいどんな理由もない。けれど、この檻を壊して自由になるにはどうしたらよかったの。檻の中で死んでゆく命と革命で死んでゆく命に違いはあるの、どちらの死が悪でどちらの死が正義なの。どちらも人間が死ぬことに変わりはないのに。それは未だ解決しない、人類永遠の課題だ。

と、壮大な思考の獣道にそれてしまったけれど、しかして、ロベスピエールのなかに在ったものは、それだったのだと思う。その課題について、サンジュストのようにどちらかにきっぱりと軍配をあげてしまうことが出来るのなら簡単だ。しかし、ロベスピエールはその課題にどちらかひとつだけの答えをだせずに、ずっと考えていた。ロベスピエールの矛盾した言動、青くさい理想の言葉、一貫性が無くふんわりとした夢を語る彼は、まさに、その人類永遠の課題に答えをみつけだそうとしていたのだ。彼に投げつけられた言葉、「理想ばかり語らず、現実を見ろ、」否、ロベスピエールは誰もが目をそらしていた現実を見つめていた。その「理想」を実現させたい、それこそが誰もが真に願っていた「現実」だったのではないか。

あっちもこっちもどちらも欲しい、僕はどちらも手にすることが出来るはずだ、手に入れてみせる、まっすぐにそう信じていたマクシムは、太陽に手をのばして堕ちていったイカロスのように、無垢で、愚かだった。しかしそのイカロスに、いつの世も人は惹かれ、憧れ、それを目指す。

 

以上、そして以下、あくまで生田先生の描いた望海ロベスピエールに対する私の私的見解です。

 

サンジュストロベスピエールに近い人間だった。サンジュストも花になれる存在であった。しかし彼は自分が花にならずロベスピエールの花を咲かせることを選んだ。

ある日突然、目の前に、自分の抱く理想を明確な言葉にして語る人が現れたら、もうそれは崇拝の対象となり得るには充分すぎるだろう。その身に滾るマグマのような熱をもてあましていた若い彼はロベスピエールという存在を得て、そのマグマを爆発させる術を知ったのだ。もう、好き好き大好きにならないわけがない。朝美サンジュストロベスピエール以上にストイックで仕事に熱心な青年だった。サンジュストがマクシムを狂気の道へと誘った悪の華のごとく描くのかな、と思っていたのだけれど、朝美サンジュストには邪なところがなく、ただひたすら望海マクシムのことを尊敬しているまっすぐな青年だった。好きが過ぎて理想が暴走してしまっているところが彼のやっかいなところだけれど、その理想が絶対正義だと心底思い込んでいるところがマクシムと似ている。朝美サンジュストには少年のような可愛さと残酷さがある。しかし、彼はその残酷さを残酷だとは気づかないままにふるまう。朝美サンジュストの左耳に宝石のついたイヤーカフを見つけたとき、その無意識下の残虐性とそれが妙にマッチして、ぞくり、となった。ストイックな革命を遂行する彼等に宝石は異物だ。そんな鈍色の世界の中で、サンジュストの耳にひそやかにひかる宝石。その違和感の不気味さ。過ぎた深読みと勝手な思込みなのだけれど、このイヤーカフサンジュストのアイテムとしてとても活きていると思った。

 

その後、タレーランサンジュストの名前を出したとき、・・・もしかして?!と思ったことは思ったのだけれど(礼儀ですし)、私のなかで朝美サンジュストはマクシムとおなじくらい政治バカで健全なる青少年なのでありました。

ロベスピエール、と呼びかけたところで制され、マクシムでいい、みんなそう呼んでいる、とロベスピエールに言われたときの朝美サンジュストの嬉しさのなかに誇らしげな様子のある笑顔がまぶしい。手のひらを相手の顔面に近づけて相手の動きを一瞬止める動作、彩風ダントンもよくしていたけれど、あれはかなり威圧的な動作だ。実際、それも彼等の人心掌握、人を支配する術のひとつであったのだろう。何かこう、波動でも放つのかな的な必殺技感がある。

 

朝美さんの美は、ひとつ下の後輩の女の子と交際中のサッカー部のキャプテン的な美しさ、とでも言おうか。つねに学園カースト最上位にナチュラルにいる男子。掲載誌でいうと『別冊マーガレット』別マだ。サッカー部のキャプテンだけど学園祭ではバンドとかやっちゃう系。私の表現力が貧しすぎて哀しい。

 

久城クートンは望海マクシムの第二の魂とよばれる存在なのでもうすこしそこをフューチャーしてほしかったところ。たとえば人格者として名高い人物であったのに革命最盛期にはサンジュストとならんで粛清しまくった話などは私の観たい久城さんが観られる気しかしない。そういえばクートンも弁護士だ。エドワード・オヘアさんリターン・・・。裁判冒頭、いきおいのある久城クートンのセリフ、声が印象的で、そこからいっきに物語へと呑み込まれていった。そしてつねに望海マクシムと共に舞台の上に在ることでじわじわとロベスピエールの側近感が強くなってくる。至高存在の祭典のシ-ンでは物語的(史実的)にも久城クートンのソロを入れるべきだったのでは、と云うかそろそろ久城さん独壇場のシーンを下さい。久城さんに歌で皆殺しにしてほしい。

この物語のなかではからみがないのだけれど、のちに煌羽フレロンは久城クートンが捕まったとき、けっこう酷く攻撃的な態度でクートンを非難し、それにクートンが言い返すというちょっとした喧嘩が勃発することをここに記しておく。

 

舞台中央で朝美サンジュストがクライマックスかと云うほどに歌い踊っているときに、彩風ダントンは少し離れた下手に在た。舞台の熱狂とは何処か遠くに在るように、嵐の中に立つ彩風ダントン。その様子にいろいろな意味で違和感を感じた。そして、舞台中央に踊り出た彩風ダントンが、「さあ、今こそ彼の言葉を聴こう!」そう言って舞台を、客席を鼓舞すると、彼の言葉と共に舞台中央から望海ロベスピエールがセリ上ってくる。彩風ダントンの凪いだ嵐のような雰囲気は彼が抱く秘密のせいであることを観客は後に知るわけなのだけれど、いつだって自信満々で、豪快で、熱い彩風ダントンが登場時のほんのわずかな時にみせた顔、彼の苦悩は既にもう、そこにあったのだ。 

 

 

つづいてしまう。